とにかく、美味い料理の根本は材料にあると考えねばならぬ。庖丁の力は四であり、購買の力は六であるというようなことを中国の随園という人が言っているく らいで、美食は裏表ともに食品材料の鑑識が必要であり、またその食品鑑定ができるようでなくては、料理はできないと言うことにもなるのである。 さて、長談義をこのくらいに止めて、いよいよ昆布とろの製法に取りかかろう。
とにかく、美味い料理の根本は材料にあると考えねばならぬ。庖丁の力は四であり、購買の力は六であるというようなことを中国の随園という人が言っているく らいで、美食は裏表ともに食品材料の鑑識が必要であり、またその食品鑑定ができるようでなくては、料理はできないと言うことにもなるのである。 さて、長談義をこのくらいに止めて、いよいよ昆布とろの製法に取りかかろう。まず最初上等のだし昆布の砂を落とし、塵を払い、水を使わずに洗ったように きれいにする。次に縦長に幅五分ぐらいに真田紐のように、鋏で切る。それをまた小口から細く長く五分の糸のように切る(昆布茶の出来合い品のように)。次 にかつおぶしの煮だしをやや濃い目につくる。かつおぶし一合に醤油三勺ぐらい入れた味をつけ、微温程度に冷ます(ただし刻み昆布一合煮だし二合ぐらい)。 以上で材料は調ったわけである。次は擂鉢に前に刻んだ昆布を五勺とか一合入れる。一合なら五人前ぐらいになる。刻み昆布の入った擂鉢の中へ前述の醤油加減 しただしを、最初少しばかり入れて、それを杉箸五本くらいを片手に持って、かきまわすのである。擂粉木でするのもよい。それを十分間くらい根気よくかきま ぜ、昆布よりねばりが出るようになるまでつづける。 こうして、以前のだしを少しずつ入れながら同じことを繰り返し、なるべくとろろのようにどろどろした液をつくるのが、昆布とろの眼目である。人手の多い 家なら、替り合って精々かきまぜ、ねばねばしたものに仕立て上げるのである。 かくして、でき上がった汁を昆布は除き、炊きたての御飯に少量かけて、その上に浅草のりのもみ粉を少し振り掛けて食べる。ただこれだけであるが、万人向 きに美味いものであって、食通をよろこばすに足る調子の高い料理である。 これを要約して言えば、昆布とかつおぶしの味の長所を合理的に利用した簡単な美食である。精進ならかつおぶしを用いないでやるのもよいだろう。 (昭和六年) 御茶ノ水 歯科
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