お八重さん そんなことはできないけれど、このままならこのままで、人からいろんなことを云はれたくないんだよ。なんでもないのに変なことを思はれてちやつまらないからね。 おしまさん ……。 お八重さん しかし、これから先、どうなるかわからないよ、こんな調子ぢや……。 おしまさん おどかすねえ。そいぢや、今までは、そんなことはなかつたんだね。 お八重さん しつツこいつたら……。それでがつかりしたつて云ふんでせう。憚りさま、あたしも、それほど、おめでたく出来てやしないよ。
お八重さん そんなことはできないけれど、このままならこのままで、人からいろんなことを云はれたくないんだよ。なんでもないのに変なことを思はれてちやつまらないからね。 おしまさん ……。 お八重さん しかし、これから先、どうなるかわからないよ、こんな調子ぢや……。 おしまさん おどかすねえ。そいぢや、今までは、そんなことはなかつたんだね。 お八重さん しつツこいつたら……。それでがつかりしたつて云ふんでせう。憚りさま、あたしも、それほど、おめでたく出来てやしないよ。ふんばる処ぢやふん張るよ。 おしまさん (壁にかけた三味線を見てゐる) お八重さん あんた三味線弾けるんだらう。 おしまさん ああ、でも、しばらく弾かないから……。 お八重さん 弾いてごらんよ。(起たうとする) おしまさん いいよ、そんなこと……。およしよ、見つともないから……。 お八重さん だつて、かうしててもしやうがないぢやないの。何かして、遊ばうよ。あんた、戸締りはして来たの。 おしまさん ああ、して来たよ。何処かへ行かうか。 お八重さん そんなことしてる暇はないわ。 声 (台所で)こんちはあす……。 お八重さん (驚いて起ち上り)どなた……。 声 毎度ありがたうす。 お八重さん あ、八百屋さん? 声 玉葱を持つてまゐりあした。 お八重さん お苦労さま、そこい置いといて頂戴……。 おしまさん うちのはどうしたの、八百屋さん……。 声 へ?(のぞいて)あ、あんたかい。どうしたの。お留守……? おしまさん うちい行つても締まつてるから、そこい置いとくといいわ。あたしが、持つて帰るから……。まだ廻るの? 声 いいえ、今日は、あんたのとこでおしまひ……。 おしまさん ぢや、上つて、遊んで行かない。 声 だつて、悪いや……。亀山社中
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