京野等志は、この話を聞いて

 京野等志は、この話を聞いて、驚くよりも、唖然とした。美佐という妹の正体がまつたくつかめなくなつた。妻子のある男との恋愛関係に、どれほどの悦びと 悩みがあつたか、それを知るひまもなく、どんな経路を辿つたにもせよ、彼女の運命は、そこまで彼女を引ずつて行つたことを、今聞かされて、彼の胸は張り裂 けるようだつた。もつと早く、救援の手を差しのべることを、なぜしなかつたか? 彼女の不幸を予感できなかつたわけではないが、それよりも、彼女の勇気 と、生きる力を信じようとしたからであつた。  

 京野等志は、この話を聞いて、驚くよりも、唖然とした。美佐という妹の正体がまつたくつかめなくなつた。妻子のある男との恋愛関係に、どれほどの悦びと 悩みがあつたか、それを知るひまもなく、どんな経路を辿つたにもせよ、彼女の運命は、そこまで彼女を引ずつて行つたことを、今聞かされて、彼の胸は張り裂 けるようだつた。もつと早く、救援の手を差しのべることを、なぜしなかつたか? 彼女の不幸を予感できなかつたわけではないが、それよりも、彼女の勇気 と、生きる力を信じようとしたからであつた。  すべては、後の祭りだ、という気がした。しかし、それにしても、眼をつぶつていていゝのであろうか? 「おい、南条、とにかく、飲もう」  そこから、二人はタクシーを拾つて銀座へ出た。先ず、ビヤ・ホールからはじめ、やがて、バアに移り、そこで、酔いがまわると、京野等志は、 「おい、築地の待合つていうのを教えろよ。おれは美佐に会う。会うべきだと思う。貴様は、一足、先へ帰れ」  南条己未男は、言われるまゝに、とある待合に彼を案内した。  京野等志は、待合というところへは、生れてはじめて来た。ずつと以前、やはり会社の連中と、箱根の温泉宿で芸者の出る席に列したことはあるけれども、自 分で、芸者を呼んだという経験は一度もない。  南条は、この家の女中と顔なじみらしく、親しげな口を利いていた。 「なあ、この男は、いつかどこかで会つた小菊つていう芸者にどうしても会いたいつていうんだよ。なんとかしてやつてくれ。ちよつと会うだけでいゝんだ」  こう言いおいて、南条はさつさと引きあげて行つた。 PCMAX

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