娘 一昨日だつてさうだわ。ダリヤの球根を持つて行つてあげた時ね、あん時なんか、みんなお庭にゐたのよ、それにあの人だけ、あたしの方を振り向きもし
ないの。おまけに云ふことが云ふことなのよ。「そんなものを貰つたつて、植ゑるところがないや」――かうなの。あたし泣きたくなつたわ。
母 随分をかしな人だね。でも、二人つきりの時は、そんなでもないんだらう。
娘 (うなづく)
母 優しくすることはするんだらう。
娘 一昨日だつてさうだわ。ダリヤの球根を持つて行つてあげた時ね、あん時なんか、みんなお庭にゐたのよ、それにあの人だけ、あたしの方を振り向きもしないの。おまけに云ふことが云ふことなのよ。「そんなものを貰つたつて、植ゑるところがないや」――かうなの。あたし泣きたくなつたわ。
母 随分をかしな人だね。でも、二人つきりの時は、そんなでもないんだらう。
娘 (うなづく)
母 優しくすることはするんだらう。
娘 優しくつて……?
母 いゝえさ、いくらかお前の機嫌を取るやうにしやしないかい。
娘 機嫌を取るやうにつて……?
母 つまり、お前が好きだとか嫌ひだとか云ひさうなもんぢやないか。
娘 そんなこと、云はないわ。
母 云はないことがあるもんか。
娘 だつて、云はないんですもの……。
母 それぢや、お前、どうにもならないぢやないか。
娘 だから、それでいゝわ。(雑誌に顔を近づける)
母 なにがいゝのさ。
娘 どうにもならなくつても……。
沈黙。
母 是非つて云はれたところで、向うのお母さんばかりがその気になつてゐて、肝腎の本人がそれぢや、頼りなくつてしやうがないぢやないか。(間)ぢや、いゝから、あの人がお前にどんなことを云つたか、それを残らず云つて御覧。云つた通りにだよ。お前たち二人つきりで話をしたのは、一度、二度……、それから、一昨日、帰る途中と、それだけだね。さ、初めの日は……。
娘 待つて頂戴よ。あん時は、たつた五分かそこらなんですもの……。話す暇なんかありやしないわ。(考へながら)さうさう、でも、こんなことを云つたわ――「学校生括が懐しくはありませんか」つて。――「えゝ」つて云つたら、「はゝゝゝゝ」つて笑ふの。
母 なぜ。
娘 なぜだか……。それから、あたしが、「此の辺はお静かでよろしう御座いますわね」つて云つたら、「よその家へ行くとさういふ気がするんですよ」だつて……。それから、「ラヂオをお引きになりませんの」つて訊いたら、誰でもする事はしたくないんですつて。少し? (と云つて、頭の横へ指で旋毛を書く)
母 さう云ふ処があるかも知れないね。それだけかい。
娘 初めの日は、それだけよ。その次は、こゝでよ、母さんが、そら、買ひ物にいらしつたお留守よ。帰る帰るつて云ひながら、二時間もゐるの。
母 それで、大分話ができたわけだね。
娘 さうでもないの。あたしの方から何か云はれなけれや、黙つてるの、煙草ばつかり喫つて……。(笑ひをこらへて)あの人、一つ癖があるの、かういふ癖……。(と云ひながら人さし指で鼻の頭を撫で)それが、たゞさうするだけならいゝのよ。さうしたあとで、きつと、鼻の頭をかう摘んどくの。作業服
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