野見 (もえ子の姿を見て)お帰んなさい。早かつたですね。 もえ子 電車が大変……。 野見 もう聞いた、その話は……。 もえ子 誰から……。 野見 それより、「東方時論」を買つて来てくれましたか。 もえ子 まだ出てないんですつて……。 野見 そんな筈はないさ。今日は五日ですよ。毎月、一日発行の雑誌が五日になつても出ないなんて法はありませんよ。
野見 (もえ子の姿を見て)お帰んなさい。早かつたですね。 もえ子 電車が大変……。 野見 もう聞いた、その話は……。 もえ子 誰から……。 野見 それより、「東方時論」を買つて来てくれましたか。 もえ子 まだ出てないんですつて……。 野見 そんな筈はないさ。今日は五日ですよ。毎月、一日発行の雑誌が五日になつても出ないなんて法はありませんよ。方々探したんですか。 もえ子 方々つて……紀ノ国屋で訊いたのよ。 野見 紀ノ国屋……? 嘘だ。大嘘だ。もえ子さん、忘れたんでせう。あすこで訊けば、うちではさういふ雑誌を置きませんつて云ふ筈だ。忘れたか、さもなければ、わざと買はなかつたか。だつて、新宿駅の売店にだつて売つてますよ。 もえ子 あら、さうでしたの。 野見 さうでしたのぢやないよ、もえ子さん、そんならさうで、七十四銭くれりや、僕が自分で買つて来るんだ。 もえ子 あたしんとこへ、手紙来てない? 野見 手紙なんか来てませんよ。どら、七十四銭貸して……。 もえ子 いゝわよ、この次、あたしが買つて来るから……。 野見 今、読みたいんだもの……さ、壱円でお釣もつて来ますよ。 もえ子 野見さん、あんたも好い加減察しが悪い人ね。 野見 (しばらくもえ子の顔を見てゐるが、やつと、腑に落ちたらしく、気まづげに横を向く) 保根 (机の方を向いたまま開封した手紙を差出し)姉さん、これ、……。 もえ子 (それを受け取り)なんて云つて来たの。 保根 ……。 もえ子 (手紙を読む) 長い間。 表参道の美容室
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