保根 おい、少し黙つててくれ。 野見 そんな売りこむ当てもない翻訳なんかしたつてなんになる。商業英語をちつとばかりやつたからつて、オオ・ヘンリは訳せやしないよ。 保根 売れなきや売れないでいゝのさ。勉強になるからやつてるんだ。 野見 おい、それより、何か一つだけ新聞を取れよ。時事の夕刊も、先週から投げこんで行かなくなつたし、
保根 おい、少し黙つててくれ。 野見 そんな売りこむ当てもない翻訳なんかしたつてなんになる。商業英語をちつとばかりやつたからつて、オオ・ヘンリは訳せやしないよ。 保根 売れなきや売れないでいゝのさ。勉強になるからやつてるんだ。 野見 おい、それより、何か一つだけ新聞を取れよ。時事の夕刊も、先週から投げこんで行かなくなつたし、隣の大将は、何時のぞいて見ても新聞を読んで て、そいつを一寸と云つて借りに行くこともできないし、第一、体裁が悪いぢやないか。それはまあいゝよ。君と云ふ人間が世間から益※離れて行くぢやない か。 保根 世間のことなんか、おれには興味はないよ。 野見 それぢや、あれはどうだ、広告欄は……。就職口を探すなら、先づ新聞の広告欄を利用すべきだぜ。麻布の伯父さんも結構さ。先輩の羽入さんもそれや 頼みにはなるだらうが、もうあれから三月、どつちからも口らしい口はかかつて来ないぢやないか。この上、何を待つてるんだい。 保根 そんなことを君に云はれなくたつて、明日から少し心当りを歩いてみようと思つてるんだ。 野見 おれも歩く。おれの知つてる処で、少しでも見込みのあるところは、いちいち当つてみるつもりだ。おれの親友で、かうして厄介になつてる男だつて云 へば、何んとか考へてくれないこともあるまい。死んだ兄貴の友達で、今建築かなんかをやつてる男が――君、困つた時は、何時でもやつて来給へ、僕で出来る ことならなんでもするからつて、さう云つたことがある。あいつのところへ行つて、君のことを頼んでみよう。事務所はなかなか大きいらしいから、人の一人や 二人、どうにでもなるだらう。 上越の美容室
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