「それだけ?」 「いや、ここまでは、まあ、初歩の原則みたいなもんさ。第四はだよ、これが大事なんだけど、相手のためにはだね、一切を棄てられるといふことさ。むづかし いよ、これは。あたしは、今まで、恋愛とは、与へることぢやなくつて、奪ふことだと思つてたよ。よく考へてみると、さうじやない。やつぱり、グラン・タ ムールは与へることだね」
「それだけ?」 「いや、ここまでは、まあ、初歩の原則みたいなもんさ。第四はだよ、これが大事なんだけど、相手のためにはだね、一切を棄てられるといふことさ。むづかし いよ、これは。あたしは、今まで、恋愛とは、与へることぢやなくつて、奪ふことだと思つてたよ。よく考へてみると、さうじやない。やつぱり、グラン・タ ムールは与へることだね」 「おや、おや、バカに神妙なのね」 「それさ、神妙であること……敬虔な心と結びつかない恋愛は、小恋愛だよ」 「変ね、今日は……お説教ぢやない?」 「まぜかへすなら、よすよ。なにも、誰にでも、それをしなけれやいけないつて云つてるわけぢやないよ。猫や杓子は、なにをやつたつていゝさ。たゞ、なにを やつても面白くないもんが、それを考へりやいゝんだよ」 「なあんだ、さうなの? はじめから、それはできないものなの?」 「できたら、その方がいゝにきまつてるよ。運のいゝやつはそれにぶつかるのさ。古今の語りぐさによくある、あれさ。うそだらうがね」 「それが最後で、最大の条件ね」 「いや、もう一つある。これはちよつと微妙なところだがね。一番、第三者にものぞきにくいところで、神のみぞ知り給ふ秘中の秘だよ。それはね、早く云へ ば、霊肉一致さ。精神と感覚とのそれぞれの完全な融和、均衡のとれたどつちにも片寄らない、両性結合の満足を云ふんだよ。こゝは、すこし、受け売りだが ね」 「わかるやうな気もするわ」 「そこまで行つてない証拠だ」 二人の話声が夫の耳にはいりました。むろん、言葉のいちいちが、はつきり聞えたわけではありませんが、ともかく、小恋愛だとか、与へるだとか奪ふだと か、秘中の秘だとか、いふ言葉は、そのまゝ、途切れ途切れに夫の神経を尖らせました。 看護 受験 家庭教師 個別指導
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