お父さんが、こゝで

美代  お父さんが、こゝで、あたしたちのそばで、ゆつくり養生して下されば、これでまあ、どうかかうか、大した無理をしないでもやつて行けるんですわ。今、お父さんが、国へお帰りになれば、臨時の入費は別としても、やつぱり、世帯が二つになるわけですから。
周蔵  だから、国へ帰れば、お前たちの世話にならんと云つてるんだ。

美代  お父さんが、こゝで、あたしたちのそばで、ゆつくり養生して下されば、これでまあ、どうかかうか、大した無理をしないでもやつて行けるんですわ。今、お父さんが、国へお帰りになれば、臨時の入費は別としても、やつぱり、世帯が二つになるわけですから。
周蔵  だから、国へ帰れば、お前たちの世話にならんと云つてるんだ。
美代  さうおつしやつても、なかなか、さうは行きません。やつぱり、ほかにこれといふ人はないんですもの……。どうせ兄さんの方にかゝつて来るんですわ。第一、誰の家へいらつしやるおつもりなんですの。
周蔵  それなら心配はいらんよ、貞が何時でも来いと云つてくれてゐる。
美代  叔母さんですか。そんなことができるものですか。だつて、叔母さんは、他所の家へ行つてらつしやるんでせう。それに、お父さんが、こんなにお悪いことは御存じないんぢやありませんか。
周蔵  もういゝ、わかつとる。お前は何も知らんくせに、余計なことを云ふな。国にゐる人間は、お前たち見たいに、すぐ銭勘定はしはせん。
美代  銭勘定ですつて……。そんなことをお話してるんぢやありませんわ。兄さんは、これからといふ方なんですから、なるだけ生活の苦労をさせないやうにしてあげたいと思ふんです。それは、今のところ、お父さんのお心次第ですわ。
周蔵  おれの心次第……。どうして、おれの心次第だ。おれは寧ろ、お前たちの負担を軽くしてやらうと思つてるくらゐだ。
美代  それなら、国へなぞいらつしやらないで、此処で養生をなすつて下さい。後生ですから、さうして下さい。
周蔵  …………。
美代  さうして下さいますわね。
周蔵  …………。
美代  そんなに、此処がおいやなの。あら、どうして……どうして涙なんか……。(優しく)そんなにいらつしやりたいの。

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