しかし、昨夜僕が

夫  しかし、昨夜僕が、寝床へはひつてから講談を読んでゐたら、家内が「エヘン」と言つた。声を出して読んだことに対する抗議だらうと思ふが、これはどうですか。
詩人  奥さんは、もうやすんでをられましたね。
夫  眠つてはゐないはずです。
詩人  あとで調べませう。漬物がありませんね。
夫  ありません。

夫  しかし、昨夜僕が、寝床へはひつてから講談を読んでゐたら、家内が「エヘン」と言つた。声を出して読んだことに対する抗議だらうと思ふが、これはどうですか。
詩人  奥さんは、もうやすんでをられましたね。
夫  眠つてはゐないはずです。
詩人  あとで調べませう。漬物がありませんね。
夫  ありません。


妻が顔を洗つて出て来る。鏡台に向ふ。



詩人  奥さん、昨夜伺つたところによると、御主人は来月から昇給ださうですよ。僕が代つて報告しておきます。
妻  それはお目出度う。また五円ですか。
夫  上らないよりやましだ。小遣がいくらか豊富になるし……。
詩人  エヘン。
夫  これもいけませんか。
妻  白粉がどうしてこんなに減つたんだらう。あたしの留守中、まさか使ふ人もないでせうにね。
夫  (詩人の顔を見る)
詩人  夜の化粧が女性の武器なら、朝の化粧は女性の勝どきだ。
妻  あたし、今日は活動が見たいの、一緒に行つて下さらない、鳥羽さん。
詩人  (夫の顔を見て)お伴しませう。
妻  結婚してから、たつた三度きりよ、活動へ伴れて行かれたのは。自分が嫌ひなものは人にも見せない方針らしいのよ。

中野区 歯科

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