北野 すると、今日見えるといふのは、その当時の部隊長さんですな。
飯田 それが中隊長さんか連隊長さんか、しかとしたところはわしも知らんのですが、分会長の角崎君が、偶然佐倉の療養所でお目にかゝつて、今日来ていたゞくことにお願ひしたんださうです。なんでも、志岐君の戦死の模様ですが、この話は自分一人が聴くのは勿体ないつていふんで、角崎君、しきりに部隊長さんにせがんで。しかし、まだ隊長の立場として公の席で話すわけにいかんと云はれるのを、それぢや、せめて、身近なものだけにでも直接隊長さんのお口からと云ふわけで、たうとう、快諾を得たんださうです。
北野 有難いことだな。
きぬ 隊長さんもやつぱりお怪我をなすつて……
飯田 さう、内地で養生されとるわけです。しかし、わざわざここまでお出掛けくださるのは並大抵のことぢやない。
北野 女子青年が少ないやうだね。
柏原 角崎さんが、あまり女はいれるなつて云はれたんです。
飯田 ほう、それやまた厳しいお達しだな。明ちやん、あんたはゐてもいいのか?
明子 あたしと千代ちやんは特にお許しがでました。
飯田 男勝りといふ資格でね。
明子 いゝえ、女の数にはひらないんですつて……。
飯田 いや、いや、ご謙遜……。さういへば、志岐君に後継ぎがないのが残念だつたな。
北野 さやう。あの鉄砲を持ち出して暴れ廻るやうな腕白坊主が、一人ほしかつたな。(若いものゝ囁き笑ふのを聞きとがめ)え、なに?
矢部 さういふ後継ぎなら、おふくちやんで大丈夫だつて云つてます、こゝで……。
2014.02.03 05:52
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