あたくしの云ふのは


三谷夫人  あたくしの云ふのは、もつと、奥の方ですわ。安南の森の奥ですわ。 三谷  なんだつけな。――孔雀と錦鶏鳥とが、なんとかの花の間を飛びまはつてゐるつていふんだらう。さういふところ、あるかい、真壁君……。 真壁  あるかも知れんよ。どうかね、婆さん……。 よね  さあ、なんのこつだいろ、よくわかりまつせんだつたばな。虎は、ちいつとこの奥に行くと、をるごたるな。アナミツの部落へ善う出て来るて云ひますたい。人間の子供が好物ちたなあ。 三谷  少し話が違ふやうだね。 三谷夫人  全く……。 三谷  婆さんは、この土地に二十年からゐるつていふ話だが、随分、いろんなことに出くわしたらうね。 よね  でくわしましたちゆあ……。日本人ばつかりぢやありまツせんけんな、これまでわしが知り合うて来た人間て云へば……。前の連合が、仏蘭西人でツしう。毎日、仏蘭西人同志のことを、見たり聞いたりしましたたい。そツでん、人情ていふものは変らんもんですな。アナミツの方は、使ふとるもんが主ですけツどんが、あん人達にやあん人達の世間ていふもんがあつて、やれなんのかんのて、それ相当にごたごたがあツとですな。――かういふ土地で、重だつた人間になツと、苦労が多かもんな。わしなんぞは、学校もろくに行つとりまつせんばツてんが、年配が年配だるけん、若い女たちに、おつ母さん、おつ母さんて、せからしか相談ば持ち込まれますしな。 三谷夫人  (さとに向ひ)こんなことがあつちや、奥さまも、明日お発ちになるつてわけには行きませんわね。 さと  (真壁の方を見て)さあ……。 真壁  (黙つてその視線を避ける) 長い沈黙。 経堂 歯科

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