ムツシユウ・真壁


よね  コンミツセエルも、ムツシユウ・真壁は、どうして笑つとつたつかて、こぎやん訊いとりました。

真壁  もう、その話は、よさうや……。遅いから、君たちもねむいだらう。寝てくれ給へ。

三谷  僕は平気だがね。君はどうだ。まさかすぐは寝つかれまい。



この時、三谷夫人がはひつて来る。



三谷夫人  如何でいらつしやいます。

真壁  やあ、どうもお騒がせしました。もうなんでもありません。

三谷夫人  あたくし、なんだかまだ心配ですわ。

真壁  随分、妙な人間ばかりゐるところでせう、印度支那つていふところは……。

三谷夫人  でも、こんなことは、東京の真中にゐたつて、あることですわ。ただ、この土地で、かういふことがあると、さう申しちやなんですけど、さもありさうなことつていふ気がいたしますわ。

三谷  おい、おい、無茶なことを云ふな。

真壁  ほんとですよ。このホテルだつて、初めて来て見ると、何かの巣窟つていふ感じですからね。電気はこの通り暗いし、壁や天井は、ああいふ風に雨漏りの跡だらけだし……。

三谷  その上を、やもりがあんなに匍ひまはつてゐるしね。

よね  それや、このホテルばかりぢやありまツせんばい。

三谷夫人  あら、何処にでもゐますの。

真壁  ゐますね。社宅の方は、もつとひどいですよ。もつと大きな奴がゐますよ。

よね  ところが、あらあ、どぎやんもしやしませんけんな。わしの知つとる仏蘭西人は、あるば一匹、ビールの中に入れて、いつしよに飲み込うでしまひましたばい。

三谷夫人  まあ、気味がわるい。

三谷  しかし、お前は、日本を発つて来る前から、大に、印度支那を讃美してたぢやないか。

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