甲吉君はしぶしぶ


甲吉君はしぶしぶ父親のそばへ行く。



念吉  (甲吉の肩を両手で抑へ)甲吉君のパパは、なんていふ名前?

甲吉  今里念吉。

念吉  ママは?

甲吉  今里二見。

念吉  パパの商売は?

甲吉  商売つて?

念吉  商売つていふのはね、どうしてお金を儲けるかつていふことさ。

甲吉  ママに貰ふんだ。

念吉  さうか。そのママのお金は、何処からはひつて来る?

甲吉  袋へ入れてパパがもつて来るよ。

念吉  その袋へはひつたお金は、パパが何処から持つて来る?

甲吉  知らないやあ。

念吉  それはね、パパが毎日学校で英語を教へて、そのお駄賃に貰ふんだ。

甲吉  毎日貰ふの?

念吉  うゝん、一と月目毎に貰ふんだ。幾ら貰ふかといふと……。

二見  およしなさいよ、そんなこと教へるの。

念吉  どうして? 教へといた方がいゝよ。

二見  また近所がうるさいぢやありませんか。

念吉  なにがうるさい。幾ら貰つてるかと云ふと……。

二見  およしなさいつてば……。そんなこと、子供におつしやるなら、あたし、この家にやゐませんよ。

念吉  また引越すのか。

二見  さうぢやありませんよ。あたし、一人で出て行きますよ。

念吉  あゝ、さうか。そいぢや、よさう。いゝか、甲吉君、ママがあゝいふから、幾らだといふことは教へないが、パパは決してお金持ぢやない。君は、大きくなつたら、働いて、自分で御飯をたべて行かなければならん。自分で着物も買はなけれやならん。

甲吉  肝油ドロツプも自分で買ふの?

念吉  さうさ。ではね、君は、大きくなつたら、なんになる?

甲吉  こないだ、ケイちやんとこの小母さんも、さう云つて訊いたよ。

念吉  なんて返事をした。

甲吉  黙つてゝやつた。さうしたら、ケイちやんがそばから、屑屋になるんだらうつて云つたよ。

念吉  どうして?

甲吉  だつて、屑屋が通るたんびに、うちのママが「屑屋さん」つて呼ぶんだもの。みんな知つてるよ。

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