そして、俊寛を


 そして、俊寛をもっと苦しめるための故意からするように、三反ばかりの沖合に錨を投げて、そこで一夜を明かすのであった。  俊寛は、終夜浜辺に立って、叫びつづけた。最初は罵り、中途では哀願し、最後には、たわいもなく泣き叫んだ。 「判官どの、のう! 今一言申し残せしことの候ぞ。小舟なりとも寄せ候え」 「基康どの、僧都をあわれと思召さば、せめて九国の端までも、送り届け得させたまえ」  が、俊寛の声は、渚を吹く海風に吹き払われて、船へはすこしもきこえないのだろう。闇の中に、一の灯もなく黒く纜っている船からは、応という一声さえなかった。  夜が更くるにつけ、俊寛の声は、かすれてしまった。おしまいには、傷ついた海鳥が泣くようなかすかな悲鳴になってしまった。が、どんなに声がかすれても、根よく叫びつづけた。  そのうちに、夜はほのぼのと明けていった。朝日が渺々たる波のかなたに昇ると、船はからからと錨を揚げ、帆を朝風にばたばたと靡かせながら巻き上げた。俊寛は、最後の叫び声をあげようとしたけれども、声はすこしも咽喉から出なかった。船の上には、右往左往する水夫どもの姿が見えるだけで、成経、康頼はもとより、基康も姿を現さない。  見る間に船は、滑るように動き出した。もう、乗船の望みは、すこしも残ってはいなかったが、それでも俊寛は船を追わずにはいられなかった。船は、島に添いながら、北へ北へと走る。俊寛は、それを狂人のように、こけつまろびつ追った。が、三十町も走ると、そこは島の北端である。そこからは、翼ある身にあらざれば追いかけることができない。折から、風は吹きつのった。船の帆は、張り裂けるように、風を孕んだ。船は見る見るうちに小さくなっていく。俊寛は、岸壁の上に立ちながら、身を悶えた。もう声は、すこしも出ない。ただ、獣のように岸壁の上で狂い回るだけだった。足立区 北区 家庭教師

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